干渉合成開口レーダー(InSAR)は、広範囲にわたり高精度で地表変動を測定できる強力なリモートセンシング技術です。異なる時点で撮影された地表のレーダー画像を解析することにより、InSARは地表のわずかな標高変化、すなわち数センチメートルから数ミリメートル単位の変動を検出でき、それが地殻変動を示します。en.wikipedia.org 本包括ガイドでは、InSARの仕組みを解説し、その様々な手法、InSARを可能にする主要な衛星ミッション、地殻変動監視の幅広い応用分野を紹介します。他の変動監視手法(GNSSや光学リモートセンシングなど)とInSARを比較し、その利点・制約、実際のケーススタディ、そしてInSAR技術の今後のトレンドや革新についても取り上げます。
InSARとは何か、その仕組み
InSARは、同一地点の2枚以上の合成開口レーダー(SAR)画像間の位相差を利用して、地表変動をマッピングするレーダー観測手法です。en.wikipedia.org SAR衛星は地上に向けてマイクロ波レーダーパルスを照射し、戻ってきた信号を記録します。SAR画像の各ピクセルは振幅(信号強度)と位相情報を持っています。異なる時期に取得した同一地点の2枚のSAR画像からは、各ピクセルごとの位相差を計算できます。この位相差は、衛星位置や地形など既知の要素を補正した後、干渉画像(インターフェログラム)として地表が2つの取得時の間にどれだけ動いたかを示します。usgs.gov 干渉画像上に現れるカラフルな縞模様(フリンジ)は、同じだけ動いた等高線に対応しており、それぞれの縞がしばしば数センチメートル程度の地表運動量を示します。地表が衛星に近づく(隆起)または遠ざかる(沈降)と、位相シフトが生じ、特徴的な干渉パターンが現れます。usgs.gov usgs.gov これらのフリンジをカウントし、解釈することで、科学者は広範囲でセンチメートル~ミリメートル精度の地殻変動を測定できます。
InSARは、リピートパス(同じ衛星が後日再訪する)観測、または2つのアンテナを同時に使うシングルパス(DEM作成のためシャトルレーダートポグラフィーミッションなどで用いられる)で行われます。リピートパスInSARでは、2枚の画像は数日から数週間の間隔を空けて取得されます。この間に地表が変動すると(例:地殻運動や沈下)、位相差として現れます。課題としては、干渉画像の生位相には地表変動以外にも地形、衛星軌道の違い、大気遅延、ノイズなど様々な成分が含まれてしまうことが挙げられます。earthdata.nasa.gov そこで変動信号を抽出するため、よく使われる方法が差分InSAR(D-InSAR)です。これは、既存のデジタル標高モデル(DEM)や追加SAR画像を用いて地形位相を差し引き、地表変動による位相のみを残します。earthdata.nasa.gov さらに、フラット化(地球の曲率補正)、地形成分除去、ノイズ除去、相アンラッピング(相対位相を実際の変位量に変換)などの処理により、画像間日での地表変位マップが得られます。
InSARの主な手法
InSARは、基本的な2画像比較から精度向上やノイズ・デコヒーレンス(相関低下)克服のために進化し、より高度な複数画像アルゴリズムも生まれています。主なInSAR手法には以下があります。
- 差分InSAR(D-InSAR): 2枚のSAR画像(イベント前後)としばしばDEMを用いて変動を検出する古典的アプローチです。シミュレーションにより干渉画像の地形成分を除去し、日付間の表面変動を強調した差分干渉画像を生成します。ltb.itc.utwente.nl 主に単一イベント型の変動(地震や火山噴火など)に有効で、1992年カリフォルニア・ランダース地震で地震時地表変位の初計測に利用されたことが有名です。en.wikipedia.org 概念的にはシンプルで広く利用されますが、地表が大きく変化したり植生変化があると相関が失われやすい(デコヒーレンス)という欠点があります。
- 永続散乱体InSAR(PS-InSAR): 数十枚~数百枚のSAR画像スタックを解析し、長期的にレーダー信号を安定反射する「永続散乱体」(主に人工構造物や岩場など)を抽出する高度なマルチテンポラル手法です。en.wikipedia.org en.wikipedia.org これらの安定点に着目することで、長期間にわたりミリメートル精度で微小な動きまで計測できます。earthdata.nasa.gov 1990年代後半に開発され、従来InSARの多くの制約(デコヒーレンス回避など)を解消しました。PS-InSARは複数画像の統計解析により変動・大気遅延・ノイズを分離します。earthdata.nasa.gov earthdata.nasa.gov 都市部の安定構造物が多い地域で特に有用で、地盤沈下・地すべり・インフラ変状など年数ミリメートル単位で緩やかに進むプロセス監視に大いに利用されています。earthdata.nasa.gov earthdata.nasa.gov
- SBAS InSAR(小基線サブセット法): 複数SAR画像から生成した干渉画像ネットワークを利用するもう一つのマルチテンポラル手法で、選ぶ画像ペアを空間的・時間的に近い(すなわち似た軌道/近接した取得日)ものに限定します。こうすることでデコヒーレンスや大気の差を抑制できます。ltb.itc.utwente.nl 得られた小基線干渉画像群を統合し、各コヒーレントピクセルの時系列変動を導出します。ltb.itc.utwente.nl SBASは長期・緩やかな地殻変動観測に適し、植生地や都市構造が疎な地域でも全てのコヒーレント点(永続散乱体に限定しない)を活用できます。出力は平均変動速度マップやピクセルごとの変位履歴などです。要するに、PS-InSARが広域に散在する高信頼点の解析に特化するのに対し、SBAS-InSARは画像ペア選択を工夫しコヒーレント点を広く活かし、非線形な変動進行も捉えられます。mdpi.com researchgate.net
これらの手法(およびその派生法)は総称して時系列InSARやマルチテンポラルInSARと呼ばれます。en.wikipedia.org en.wikipedia.org これらはInSARで単一イベントの検出のみならず、数年にわたる遅い地殻変動の継続監視を可能にした“第二世代”といえる技術群です。
InSARにおける主要な人工衛星ミッションと技術
人工衛星レーダーミッションはInSARの基盤です。過去数十年にわたり、多くの宇宙搭載SARセンサーが打ち上げられ、干渉法に必要なレーダー画像を提供してきました。それぞれのミッションは、特定のレーダー周波数帯、撮像モード、再訪周期を持ち、InSARの性能に影響を与えます。以下は、地盤変動監視によく使用される主要なSARミッションの概要です。
衛星ミッション | 機関 | レーダーバンド | 再訪周期 | 運用期間 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
ERS-1/ERS-2 (欧州リモートセンシング) | ESA(欧州) | Cバンド(5.6cm) | 35日 | 1991–2000(ERS-1);1995–2011(ERS-2) | 初めて地殻・火山変動に対するInSARを実証した衛星 earthdata.nasa.gov。35日の間隔は急速な変化の検知には制限があったが、InSAR技術の基盤を築いた。 |
Envisat | ESA(欧州) | Cバンド | 35日 | 2002–2012 | ERSの遺産を引き継ぎ、計測機器が向上。多くの初期InSARによる沈下・地震研究データを提供 usgs.gov。 |
ALOS-1(だいち) / ALOS-2 | JAXA(日本) | Lバンド(23.6cm) | 46日(ALOS-1);14日(ALOS-2) earthdata.nasa.gov | 2006–2011(ALOS-1);2014–現在(ALOS-2) | 長波長Lバンドは植生の多い地域でもコヒーレンスを維持しやすい earthdata.nasa.gov。ALOS-2の14日再訪とPALSAR-2センサーは熱帯地域の監視を強化。 |
TerraSAR-X / TanDEM-X | DLR(ドイツ) | Xバンド(3.1cm) | 11日(TerraSAR-X) | 2007–現在(TSX);2010–現在(TDX) | 高解像度XバンドSAR(最大約1m)。TerraSAR-XとTanDEM-Xは編隊飛行で精密な全球DEMを生成。都市監視など局地的な詳細研究向けに利用。 |
COSMO-SkyMed(コンステレーション) | ASI(イタリア) | Xバンド | 約4~16日(4機体制で変動) | 2007–現在(第1世代);2019–現在(第2世代) | 4機により高頻度の撮像が可能で、緊急応答に有用。Xバンドは高詳細だが植生上ではデコヒーレンスしやすい。 |
Sentinel-1A/B(コペルニクス) | ESA(欧州) | Cバンド | 1機あたり12日(2機で6日) en.wikipedia.org | 2014–現在(1A: 2014年打上げ;1B: 2016年;1C: 2024年打上げ) | 全球InSARの主力。無料かつオープンデータ。広い走査幅(250km)と規則再訪で世界中の変動監視の運用化を実現。Sentinel-1の6~12日再訪(2機体制時)は高密度時系列データを提供し、全国的な監視プログラムの実現も可能に esa.int。 |
RADARSAT-2 / RCM(Radarsatコンステレーション) | CSA(カナダ) | Cバンド | 24日(Radarsat-2);4日(RCM、3機体制) | 2007–現在(R-2);2019–現在(RCM) | RCM(Radarsatコンステレーションミッション)はカナダ及び周辺域の運用監視向けに高頻度撮像を提供(永久凍土、インフラ等)。 |
NISAR(NASA-ISRO SAR) | NASA/ISRO(米国/インド) | L・Sバンド二重 | 12日(予定) | 打上げ予定: 約2025年 | 周波数二重対応の新ミッション。LバンドとSバンドの両方で全球12日周期撮像を目指し、植生域・都市域の変動計測向上へ。科学・インフラ向けのInSARデータ量大幅増加に期待。 |
技術メモ: レーダーのバンドにはそれぞれ利点や制約があります。Cバンド(波長約5–6cm、ERS・Envisat・Sentinel-1・Radarsatで使用)は、解像度と植生透過性のバランスが良いものの、植生密度や積雪域ではデコヒーレンスしやすいです。Xバンド(約3cm、TerraSAR-X、COSMO-SkyMed)は非常に高解像度が可能ですが、植生地ではより早くデコヒーレンスし、特定サイトの監視向き。Lバンド(約23–24cm、ALOS、今後のNISAR-Lが使用)は長波長で植生や土壌の透過性に優れ、長期間・植生の多いエリアでコヒーレンスが維持しやすい earthdata.nasa.gov。Lバンドは森林・農業地帯の変動計測に最適ですが、画像自体のネイティブ解像度はやや低めです。
衛星の軌道と再訪周期はInSARにとって極めて重要です:再訪周期が短いほど、地殻変動の高頻度更新や、変動の中間発生の検出漏れ(コヒーレンス維持)防止ができます。例えばコペルニクスSentinel-1コンステレーション(2衛星・6日再訪)はデータ供給を革新し、地盤運動の連続監視が現実に esa.int earthscope.org。一方、ERSやALOS-1のように35~46日周期の古い衛星では、急速な変動の検知漏れや長期間隔でのデコヒーレンスが発生しやすくなります。最近のトレンドは複数衛星による多機体制・短周期運用で、Capella Space・ICEYEなど一部民間業者はXバンド小型衛星群を使い、特定エリアの「毎日」や「1日複数回」撮像も可能となっています(ただし幅は限られる)。
まとめると、現代のInSARの現場はSentinel-1やALOS-2などの公的衛星と商業ミッションが組み合わさり、バンドも多様・全球カバーが実現しています。特にSentinel-1のようなオープンデータ政策はInSAR応用を大いに促進し、世界中の研究者や官公庁が地殻変動監視のためのレーダー画像を無償で利用できるようになりました esa.int。
InSARによる地盤変動監視の主な応用分野
InSARの最大の強みのひとつは、多様な地盤変動の観測ができる汎用性です。以下に、InSARが欠かせないツールとなっている主な応用分野と、その実例を示します。
地震およびテクトニック運動
InSARは地震による地盤変動のマッピングで最も有名かもしれません。地震前後のSAR画像を比較することで(共震InSAR)、干渉縞(インターフェログラム)が作成でき、地震に伴う変位パターンが明らかになります。これらの縞模様は、地表のどれだけが衛星の視線方向に動いたのかを直接的に示しており、断層に沿った広い範囲の隆起・沈降の分布を可視化します。InSARは地震による水平・垂直両成分(レーダー視線方向成分で投影)の変位をセンチメートル精度で、被災域全体にわたって測定可能です—これは点状の地上観測では実現できません。最初の大規模実証は1992年カリフォルニア・ランダーズ地震(M7.3)で、InSARが共震変位場を明らかにし、地球物理学者にこの技術の可能性を示しました en.wikipedia.org。以後、世界中の主要地震で地殻運動マッピング・断層すべり分布推定等にInSARが活用されています。
例えば、1999年トルコ・イズミット地震(M7.6)は、断層近傍で縞間が密な典型的インターフェログラムを生み出しました—各完全な色サイクルが数センチの移動量を意味し、断層滑りの詳細推定が可能です。近年は欧州Sentinel-1衛星により地震直後のインターフェログラムも迅速に生成可能に。2015年9月のチリ・イジャペル地震(M8.3)では、数日以内にInSAR画像が得られ、沿岸隆起・内陸沈降のパターンがはっきりと示されました earthdata.nasa.gov。この干渉画像上のフリンジ1本(完全な色サイクル)が視線方向約8.5cmの地盤変動を表しています earthdata.nasa.gov。このような地図は、最も変位が大きかった地域や断層面上のすべり分布推定に不可欠です。InSARはまた、地震間の歪み蓄積(インターセイスミック変動)や地震後の余効変動(後滑りや粘性緩和)の監視にも使われています。総じてInSARはテクトニック変動の鳥瞰図を提供し、地上地震計・GNSS網では得られない空間的詳細を断層帯に付加しています。
火山監視
火山はマグマが地下を移動するとともに地表の変形を伴い、InSARはこれらの変化を検知・追跡する上で革命的な技術となっています。 火山変動は、一般的にマグマがチャンバーやダイクに蓄積されることで起こる隆起(膨張)や、マグマが引き抜かれたり噴火したりすることで起こる沈降(収縮)として発生します。InSARは遠隔地でも、火山表面に生じる微妙な膨らみやくぼみをリモートで監視することができます。衛星レーダー観測のおかげで、かつて休止と考えられていた多くの火山が、周期的に膨張・収縮(呼吸)していることが明らかになりました。
初期のInSAR研究は、大規模な噴火関連変動(共噴火変動)の捕捉に成功しました。例えば、1990年代にはアンデス山脈やアラスカの火山でInSARを用いた噴火に伴う地盤変動のマッピングが実施されました。earthdata.nasa.gov 時間が経つにつれ、技術は進歩し、噴火前の膨張や噴火間の傾向も観測できるようになりました。重要な例としては、アラスカのオークモク火山の監視があります。InSAR画像は、オークモクが噴火前数年間に数センチメートル膨張し、2008年の噴火後もマグマ補給を示すように着実に膨張し続けたことを明らかにしました。agupubs.onlinelibrary.wiley.com このような膨張の検知は火山の早期警戒に不可欠であり、他の条件が重なれば噴火につながり得るマグマの加圧化を示す証拠となります。
InSARは広範囲かつしばしばアクセス困難な火山地帯もカバーできるのが大きな利点です。例えば、イタリア宇宙機関のCOSMO-SkyMed衛星群はイタリアのカンピ・フレグレイカルデラの膨張を追跡するために活用されており、Sentinel-1はアリューシャン諸島や中央アメリカなどの火山監視に火山観測所で日常的に利用されています。ある事例では、InSARタイムシリーズがハワイのキラウエア火山山頂の長期沈降や噴火前の周期的膨張を明らかにしました。欧州宇宙機関のグローバルプロジェクトであるTerraFirma(その後継のGeohazard Supersitesイニシアティブ)は、PS-InSARを用いて多数の火山の変形を検知し、監視リストには載っていなかった火山も発見しました。en.wikipedia.org en.wikipedia.org すべての変形が必ずしも噴火に至るわけではありませんが、InSARは監視の優先順位を決めるのに役立ちます。例えば、年5mm静かに膨張する火山円錐は、より詳細な調査の必要性を示唆します。まとめると、InSARは火山測地学の基礎的ツールとなり、世界中の火山の不安定化現象を検知し、マグマ溜りの深さや容量変化のモデル化に不可欠なデータを提供します。これはハザード評価にも重要です。
地盤沈下と地下水枯渇
地盤沈下は、主に人間活動(地下水の過剰汲み上げ、石油・ガス生産、鉱山採掘など)によって地面が徐々に沈む現象です。InSARはこれらのプロセスで発生する沈下ボウルの空間範囲や量を測定するのに最適です。usgs.gov 水準測量やGPSは限られたポイントでのみ計測が可能ですが、InSARは都市全体や農業地帯一帯をカバーでき、1平方キロメートルあたり数千のピクセルで高密度変動マップを生成できます。usgs.gov これにより、どこで沈下が起こっているか、どのくらいの速度か、さらにはその原因も推定可能となります。
有名な応用例は、地下水の過剰汲み上げによる帯水層の沈下マッピングです。たとえば、カリフォルニア州サンホアキン渓谷やセントラルバレーの他地域では、干ばつ時の地下水汲み上げにより数センチ〜数十センチ/年もの著しい沈下が起きています。2007~2009年のカリフォルニアの干ばつ時、InSAR画像は農業集中的なポンプ汲み上げ地域と一致する大規模沈下ボウルを明示しました。usgs.gov 同様にアリゾナ州フェニックス周辺でも、InSARは季節的な地下水利用や再供給に伴う沈下・隆起サイクルを検出しました。
最も極端な地盤沈下例の一つがメキシコシティで、圧縮性の粘土湖床上に建設されているため、地下水汲み上げによって数十年にわたり沈下が続いています。Sentinel-1データによる最近のInSARタイムシリーズ解析では、メキシコシティの一部で年間40~50cmもの驚異的な沈下速度が明らかになりました。nature.com nature.com この急速な沈下は、建物やインフラ(市の地下鉄を含む)に深刻な被害をもたらしています。nature.com InSARはこの沈下量の定量化や最も影響を受けたゾーンの抽出に不可欠です。ある研究では、インターフェロメトリ、レベリング、工学データを組み合わせ、沈下の不均一性(差異沈下)がメトロ線路をどのように曲げ、亀裂させているかを評価しました。nature.com nature.com
InSARによる地盤沈下の監視は地下水問題だけに限らず、地下採掘やトンネル工事(地盤崩壊・沈降)、炭化水素採取(油田など大規模沈下ボウルが生じる場合)、さらには北方地域の泥炭地排水や永久凍土融解にも利用されています。沿岸都市では、年間数mm程度のわずかな沈下でも海面上昇と組み合わさることで洪水リスクが悪化します。InSARはこうした微妙な沈下も検知可能です。InSARの利点は、広範囲を一度に俯瞰し沈下のホットスポットを捉えられる点です。例えば急速に沈みつつあるインドネシア・ジャカルタのPS-InSAR解析では、年間20cm超の著しい沈下が起きる地区を特定し、都市計画や災害管理に不可欠な情報となっています。
地すべりと斜面安定性
InSARによる重要な応用の一つに、ゆっくり移動する地すべりの検出・監視があります。InSARは急激な高速地すべりの「その瞬間」自体は(レーダー信号のデコヒーレンスを伴うため)リアルタイム検出が困難ですが、徐々に移動する斜面や数ヶ月〜数年単位で生じる前兆変動の観測には優れています。年間数センチの速度で動く地すべりは、肉眼にはほとんど見分けられませんが、InSARは山腹全体にわたる動きを詳細にマッピングできます。これにより、地すべりインベントリや危険度マップ作成、さらには将来起こりうる斜面崩壊の早期警戒にも役立ちます。
例えば、InSARはアルプス山脈やアパラチア山脈で道路や町を脅かす緩やかな地すべりを発見するために使用されてきました。中国・三峡ダム貯水池地域のある調査では、SBAS InSARが多数の斜面の不安定化を明らかにし、当局がさらなる地質調査を行うべきエリアの絞り込みに貢献しました。nature.com mdpi.com イタリアではSentinel-1衛星によるPS-InSARが全国的な地すべりマッピングに組み込まれ、アンコナの緩やかな既知地すべりや、これまで特定されていなかった不安定斜面の動向を検知しています。欧州のTerrafirmaプロジェクトは、ピレネー山脈や北イタリアにおける斜面安定性監視の有効性を実証しました。en.wikipedia.org
典型的な手法は、時系列InSAR(PSまたはSBAS)を用いて斜面の変位速度を算出することです。一定の下方移動(例:年間数センチ)を示す点のクラスターがあれば、ゆっくり進行する地すべりを示唆します。これらのデータが、現地調査や現場設置型の計測機器を導入する引き金となり、小規模な地すべりが大災害になる前に対策が取られます。実例としては、ラ・パルマ島(カナリア諸島)の緩やかな地すべりで、InSARが火山斜面の加速する変動をとらえ、崩壊リスクを詳細に監視することができました。もう一つの例としては、カリフォルニア州サンガブリエル山地でInSARを用い、土石流の発生しやすい地域の季節変動を地図化し、どの斜面が豪雨後に崩壊しやすいかを明らかにしました。
要約すると、InSARは貴重なリモートセンシング層として、地すべりのハザード評価に寄与します。InSARは特に、長期間続く遅い地すべりや、事後の変位マッピング(例:地すべりがどのように地形を動かしたかの測定)に効果的です。しかしながら、速い地すべりであっても、(地表が完全に破壊されていない場合は)事前と事後のSAR画像を比較することで、後から調査できる場合があります。全体として、光学画像やGISと組み合わせたInSARベースの地すべり監視は、防災分野で発展し続けている分野です。インフラおよび都市のモニタリング
レーダー信号は人工構造物で強く反射されるため、InSARは都市環境における建物およびインフラの安定性監視に非常に適しています。特にパーシスタント・スキャッタラーInSAR(PS-InSAR)は、都市に豊富な安定した反射体(建物、橋、その他の構造物など)を活用し、極めて小さな垂直・水平移動を追跡します。この技術の発展により、土木工学や都市計画分野での応用例が増加しており、衛星を利用して都市下の構造健全性や地盤安定性をリモートセンシングで監視できるようになっています。 例えば、2015~2016年のSentinel-1 InSARデータはサンフランシスコ中心部の地盤変動を明らかにし、建物の沈下箇所を特定しました。上記の画像では、緑色の点が安定した地盤、黄色・オレンジ・赤が沈下している(衛星から遠ざかっている)構造物を示しています。特に、Millennium Tower高層ビルが赤で際立っており、年間最大約40mm(衛星視線方向)で沈下していたことが確認されましたesa.int(実際の垂直沈下量は約50mm/年、傾きが小さい場合)。この有名な「沈むタワー」の問題は、当初は現地計測から知られていましたが、InSARにより周辺地域の包括的なマップが得られ、このタワーの沈下が他の建物に比べて特異であることが明確になりましたesa.int。このような情報は、技術者や都市当局にとって極めて重要であり、ビルの基礎問題が大きな移動の原因であることや、対応措置が必要であることの裏付けにもなりました。サンフランシスコ以外にも、PS-InSARベースの都市変動マップはロサンゼルス、メキシコシティ、上海、アムステルダムなどの都市で作成され、地下鉄工事による沈下、埋立地の圧密、地下水利用による地盤沈下などの課題把握に貢献しています。 InSARによるインフラ監視は、線状インフラや重要施設にも拡大しています。例えば、レーダー干渉法は鉄道や高速道路沿線の地盤沈下や地すべり由来の変動兆候の監視に活用されています。ノルウェーでは、InSARベースの全国変動サービスが鉄道や道路の動きを定期チェックしていますesa.int esa.int。さらに、InSARはダムや貯水池にも適用されており、ダム本体やその周辺地盤に変形がないかを調べ、弱点の兆候をつかみます。同じく、橋梁やトンネル(都市の地下鉄工事等)でも、施工による予期しない地表変動がないかInSARで監視されています。 また、沿岸・港湾インフラの監視も重要な活用例です。例えば港湾プラットフォームや海岸堤防の沈下監視などです。空港滑走路やスタジアム、大型発電所なども沈下や隆起の監視対象となります。基本的に、圧縮性地盤や沈降盆地上にあるすべての資産は、リモートセンシング監視の恩恵を受けることができます。InSAR最大の利点は、関心領域全体を一度に広範囲カバーし、定期的(Sentinel-1の場合は数日~数週間ごと)に変動状況を更新できる点であり、構造物に物理センサーを設置する必要がありません。 まとめると、InSARはインフラ管理のツールボックスの中で、広範かつ高詳細な変形データを提供する貴重なツールとなっています。現在、多くの民間企業が都市や企業向けにInSARモニタリングサービスを提供しています(例:石油タンク群の沈下や高速鉄道ラインの管理等)。現地点検を補完する費用対効果の高い方法であり、目に見える損傷が起きる前の初期変動兆候も察知できます。他の変形監視技術との比較
InSARは強力な技術ですが、GNSS(GPS)測量や光学リモートセンシングなど他手法と比べてどうでしょうか。ここでは相違点、補完性、トレードオフについて整理します:- InSARとGNSSの比較:GNSS(全地球航法衛星システム、一般にGPS)は、地上の特定ポイントで3次元(北・東・垂直)の変形計測が高精度で可能です。GNSS観測点は連続的な動き(多くは1日単位、それより高頻度も可)を記録でき、特定地点における時変変形の捕捉に優れます。GNSSの精度は水平方向・鉛直方向ともミリメートル級に到達し、雲や夜間の影響も受けません。しかしながら、GNSSネットワークは疎で、それぞれの観測点のみを観測するため、高密度な設置はコスト・作業負担が大きくなります。この点、InSARは空間的に連続した広域被覆(数百万の計測ピクセル)の変形データを提供しますが、衛星の視線方向のみの変動(垂直・水平成分が混在)を計測しますresearchgate.net。また、InSARは通常、衛星通過時のエピソディックな計測であり、GNSSのように真の連続観測ではありません。他の実用面の違いとして、InSARはリモートセンシング(地上設置不要)なので、アクセス困難地や危険地帯でも有用ですが、GNSSは各地点に装置の設置・維持が必要です。精度に関しては、GNSSは広範囲で安定した基準枠を持ち、大気影響によるバイアスが少ないため、微小な長期トレンドの把握に有利な場合があります。一方、InSARは特に広域(100km超)では大気遅延や軌道誤差によるバイアスを受けることがありますagupubs.onlinelibrary.wiley.com agupubs.onlinelibrary.wiley.com。例として、InSARシーンでなだらかな傾斜が見えても、それが対流圏の影響によるもので真の変形でない場合もあります。研究現場では両者を組み合わせて利用することが多く、GNSSでInSARデータを較正・検証したり、単一InSAR幾何では分離困難な鉛直・水平成分を3次元的に与えたりしますmdpi.com。こうした違いはあるものの、両技術は極めて補完的です。端的に言えば、「GNSSは高精度測定を少数点で高労力で、InSARは広域に多数点を効率的に」ということですmdpi.com。実務上は、GNSSが大局を安定的に捉え、InSARが空間的な詳細を補うという「連携」が主流です。
- InSARと光学リモートセンシングの比較:光学画像(航空写真やLandsat、SPOT等の衛星画像)は地表変化観測のもう一つのアプローチです。従来の光学変化検出技術では、地すべり跡や断層破壊、陥没穴など地表の「傷」を可視化できますが、InSARほど微小な変形を直接計測することはできません。光学的な変位計測にはピクセル・オフセット・トラッキング技術があり、時期の異なる2枚の光学画像の特徴点を相関比較することで地表の水平方向変位を推定します(地震断層のずれや氷河流動のマッピングなどに活用)。ただし、光学ピクセル・トラッキングの精度は画素の一部(地上で数十cm~数m)であり、InSARのミリメートル~センチメートル精度には及びません。光学手法は、大きく速い動き(例:2m規模の断層変位、年間100m級の急速な氷河流動)には有効ですが、微小で遅い変形(数cm/数カ月)ではInSARが優れます。さらに、光学センサーは昼間と晴天が必要です。レーダーInSARは全天候・昼夜問わず観測可能という大きな利点を持ち、雲・煙・暗闇でもOKですが、光学画像は雲に遮られ、照明も必要です。長期監視では、InSARは曇天の多い地域(熱帯域等)でも定期的なデータ取得が可能です。一方で、光学画像はカラーや赤外情報を持つなど、視覚・意味情報に優れており、InSARでは分かりにくい損傷判読や地すべり輪郭把握に有利です。近年は、高解像度光学衛星で突発的変化検知、SAR衛星で変位監視を行うなど、両手法の連携も進んでいます。高精度な微地形変化は、光学写真測量やレーザースキャナ(例:立体視DEMやLiDAR差分)でも計測可能ですが、これは「一度きり」のスナップショットが主で、処理も膨大です。InSARはやはり、日常的・広域な変形監視には最も効率良い手法です。
InSARの利点と制限
他の技術と同様に、InSARには強みと弱みがあります。これらを理解することが、技術を効果的に応用する鍵となります。
InSARの主な利点:
- 高密度で広範囲のカバー:InSARは広大な地域(数百平方キロメートル)を1枚の画像で変動測定でき、計測点も数十メートル間隔で配置されます。これにより数百万のデータ点が得られ、地上調査の空間解像度を大きく上回ります usgs.gov。これは、都市全域の中から小さな沈下領域を見つけるなど、広い範囲の中の局所的な変動ホットスポットの特定に最適です。
- リモートセンシング(地上計器不要):衛星ベースのため、InSARは陸上インフラを設置することなく、遠隔地や到達困難な地域(山岳、砂漠、紛争地)でも監視できます。また、火山や地滑りなど危険な現場に物理的にアクセスしなくても変動データを得られる利点もあります。
- 高精度・高感度:InSARは、人工衛星の再訪間隔にわたり、わずか数ミリ~数センチ単位の微小な地盤変動も検出できます en.wikipedia.org。広域で同等の精度を従来の測量で達成するには多大な労力とコストが必要です。PS-InSARなどの手法により、安定した対象では年間数ミリ精度まで向上します earthdata.nasa.gov。
- コスト効率:既存の衛星データ(特にSentinel-1のような無料データ)は、GPSネットワークの密設や頻繁な水準測量に比べてコストが低く、主に処理時間と専門知識だけが必要になります。データがオープンかつ無料で広く利用できるようになった今、InSARは「労力のかかる水準測量やGPSによる疎な点観測よりもしばしば安価である」と指摘されています usgs.gov。特に定期的な監視において大きな利点です。
- 全天候・昼夜観測:レーダ信号は天候にほぼ影響されず(雲を透過)、太陽光も不要です。そのため、InSARは雲・煙・夜間でもデータ取得が可能です capellaspace.com。雲が多い地域や極夜、災害発生直後の迅速な観測において、光学カメラにはない大きな強みを持ちます(例えば地震が夜や嵐の最中に発生しても干渉画像が作成可能)。
- 過去データのアーカイブ:1990年代のERS-1から続く長期SARデータアーカイブがあり、多くの場合、過去の画像を処理することで過去の地盤変動も把握できます。これにより、観測網の設置前や気付かなかった(例えば数十年かけたゆっくりとした沈下など)現象も後から分析可能であり、該当期間にSAR画像があれば「時間を遡って」地盤変化を解析できるのです。
- 他データとの連携:InSAR結果はモデルや他種類のデータ(例えばInSARで得た変位マップを地下水モデルや断層すべりモデルに投入)と統合可能です。また、InSARで予想外の移動が見つかった場合、その地点にGPSなどの地上観測網を追加設置する指針にもなります usgs.gov。
InSARの主な制限・課題:
- 信号のデコヒーレンス(非相関化):InSARは同じ地表パッチからのレーダ信号が画像間で一貫していることが前提ですが、地表の変化によって位相が乱れると、そのエリアでの測定が不可能になります。植生成長・農地耕作・積雪変化・建設などがデコヒーレンスを引き起こします en.wikipedia.org en.wikipedia.org。植生豊富・変化の激しい地域では干渉画像の大半がノイズ(デコヒーレンス)となり、有効なデータが得られません。画像取得間隔や基線が長い場合もデコヒーレンスが増加します en.wikipedia.org。高度な手法(PS, SBAS)は安定点や短期間の画像に注目することである程度緩和しますが、根本的な限界は残ります。例えば熱帯林のように植生密集地では特に難しく、Lバンド衛星開発が進められている理由でもあります。
- 視線方向観測(方向の制約):InSARは衛星の視線方向(通常は鉛直から20~45度ほど傾斜)に沿った変動のみ測定します。researchgate.net より、1つのデータセットだけでは3次元の変位ベクトル全体は分かりません。垂直方向と視線方向の水平成分のみ観測でき、レーダ進行方向と直交する動き(たとえば極軌道衛星の場合の南北移動)は捉えにくいです。完全な変動の把握には、上昇・下降軌道を組み合わせるか、GNSSとの併用がよく行われます。また、InSARは相対的な変位しか測定せず、1つの基準画素を“動きゼロ”と仮定して他を測るため、全体が同じ方向にわずかに動く場合や長波長傾きは外部基準なしでは検出困難です。
- 大気遅延:画像取得時の大気状態の違いが偽の変動信号を生むことがあります。例えば湿った空気のかたまりや気圧差で電波伝播速度が変わり、地盤変動とは無関係な位相パターンが現れる en.wikipedia.org en.wikipedia.org。こうした大気ノイズは数km~数十kmスケールで現れ、円環や傾斜の模様として観測され実際の変動と誤認されやすいです。複数干渉画像の重ね合わせや気象モデル・GNSS由来水蒸気データの利用などで補正可能ですが、微小変動にとっては誤差要因として依然大きなものです。特に空間パターンや時間連続性が明確な信号のみInSARでは高精度に判断できます。
- 衛星の観測間隔とカバー範囲:多くの衛星が運用されていますが、いつ、どこを撮影するかには制限があります。衛星には決まった軌道と再訪周期があり、観測が設定されていない場所では画像そのものが存在しません(昔は大陸の一部でアーカイブが希薄でした) en.wikipedia.org。今日、Sentinel-1等は計画的に広域カバーしていますが、高解像度の商用SARは依頼がないと撮影されません。そのため、InSARによる特定地点の連続監視には定期的な画像取得が必要です。オンデマンドのリアルタイム監視ではなく、通常は6~12日(あるいは衛星故障時は更に長い間隔)でデータが得られ、突発事象がその間に起こった場合は累積効果しか測定できません。ゆっくりした現象には問題ありませんが、陥没穴や地滑りのような急激な現象の発生瞬間は捕捉できない場合もあります(前兆や直後は観測できるかもしれません)。
- 幾何学的問題(レイオーバー・シャドウ):SARは横方向から観測するため、急峻な地形(山岳・崖)や高層建築物エリアでは、複数高度の対象が1画素に重なるレイオーバーや、センサに背を向けた斜面が陰になり観測不可となるレーダシャドウが発生します en.wikipedia.org。このため(例えば上昇軌道から見た北向き急斜面など)一部の地形ではInSARカバーに隙間が生じます。地上設置・航空搭載のInSARで一部カバーできる場合もありますが、衛星InSARはこのような幾何制約を受けます。
- 専門知識とデータ処理の必要性:データは豊富でも、信頼性の高いInSAR解析にはコアな処理(位置合わせ、干渉画像生成、位相アンラップなど)やノイズ排除など高度な解析が不可欠です。処理条件により結果が大きく変わることがあり、誤信号の判定など正確な解釈には専門スキルが求められます。ただし、最近はオープンソースツールやクラウド基盤の発達で解析は容易化しつつありますが、完全に自動化されたものではなく、干渉画像の正しい読み解きは今なお専門分野です(例えばノイズと真の変動の切り分けなど groundstation.space)。
- 急激かつ大規模な地変への制限:取得間に地表がレーダ波長の半分以上動く(Cバンドで約2.8cm、Xバンド1.5cm、Lバンド12cm程度)と、位相が何重にも巻き付くためアンラップや解釈が困難になります。特に急速な変動では完全なデコヒーレンス(例えば地震で1m地表がズレればそのエリアは相関を失う)が生じます。従ってInSARは小~中規模のゆっくりした変動には最適ですが、メートル級や爆発的な大変動には詳細な把握が難しく、主に影響範囲の外形把握に留まります。
実際には、これらの多くの制約は、短い再訪間隔の活用・マルチテンポラル手法・外部データによる較正・適切なエリアの重点解析などの運用戦略で緩和可能です。限界はあるものの、InSARの利点は多くの場合、課題を上回ります。特にデータが豊富な現代では、他手法にはない独自の広域パースペクティブを提供し、地変の把握に欠かせないツールとなっています。
実世界のケーススタディ
上記の概念を説明するために、InSAR が重要な役割を果たした実際のケーススタディをいくつか紹介します。
- 2003年 バム地震(イラン): InSAR は壊滅的なバム地震による地殻変動のマッピングに使用されました。インターフェログラムは断層破壊に沿って約25cmの地表変位を示しました。このデータにより、地震が未発見の横ずれ断層で発生したことが示され、滑りの分布に関する洞察が得られ、地域における地震ハザードの再評価に役立ちました。
- 2011年 東北地方太平洋沖地震(日本): 日本のPALSAR衛星(ALOS)は、マグニチュード9.0の東北地震による大規模変位を捉えました。視線方向の変位は場所によっては1メートルを超え(複数の縞模様)、GPSと組み合わせて分析することで津波をもたらした海底の隆起を明らかにしました。この出来事は、日本の高密度GPS網と補完して大型沈み込み地震をマッピングできるInSARの価値を強調しました。
- ナポリ(カンピ・フレグレイ)、イタリア: ERS/Envisat、および後のCOSMO-SkyMedデータを用いたパーシステントスキャッタラーInSAR(PS-InSAR)により、人口密集都市下の不安定な火山地域であるカンピ・フレグレイ・カルデラが監視されています。InSARは2012~2013年などの数センチメートル単位の隆起時期を検知し、科学者や行政に火山圧の増大を警告しました。これらの測定は地上センサーと組み合わせて、地域のハザードステータス(現在は上昇傾向、噴火はしていない)に反映されています。
- カリフォルニア州セントラルバレー: 数年分のInSARタイムシリーズ(Envisat、続くSentinel-1観測)を米地質調査所(USGS)が利用し、カリフォルニアのセントラルバレーにおける地下水由来の地盤沈下をマッピングしています。2012~2016年の干ばつ時にサンホアキンバレーの一部では60cm超沈下し、用水路や井戸にダメージが生じました。InSARマップは沈下範囲を示し、水資源管理の対応に活用されました usgs.gov。
- オスロ、ノルウェー(都市インフラ): オスロ市のInSAR調査では埋立地に建つダウンタウンの地盤沈下が特定されました。Sentinel-1 PS-InSARと過去のレーダーデータの組み合わせにより、中央駅の古い部分(柔らかな埋土上)は沈下し、新しい岩盤基礎の建造物は安定していることが示されました esa.int esa.int。この事例は都市部の差動沈下をInSARで特定し、都市技術者が基礎補強の優先順位を決める助けとなることを示しています。
- 三峡ダム、中国: 巨大な三峡ダム貯水池周辺の斜面監視にもInSARが活用されています。貯水位の上昇時に、水分の浸透で複数の斜面が動きを示しました。中国当局はInSAR(および地上センサー)を組み合わせ、こうした斜面変動を早期に検知 sciencedirect.com nhess.copernicus.orgし、事前避難や護岸対策を実施できました。InSARが大型インフラの継続的安全監視に貢献した代表例です。
これらのケーススタディはいずれも、InSAR特有の強み、つまり広域カバー(セントラルバレー)、高精度(カンピ・フレグレイ)、問題箇所の特定能力(オスロ、三峡ダム)を示しています。また、日本のGPS網、カリフォルニアの水準測量、ノルウェーの地質調査との統合など、他のデータとの組み合わせが多いのも特徴です。総じて、InSARは1990年代の実験段階から、2020年代には運用される信頼性の高い変動情報ソースに発展しています。
InSARの今後の動向とイノベーション
InSAR分野は急速に進化しており、新たな衛星ミッションやデータ解析手法の登場が能力をさらに高めていくでしょう。今後注目される主な動向・イノベーションを紹介します。
- 新たなマルチ周波数SARミッション: NISAR(NASA-ISRO合弁合成開口レーダー)の2025年前後打ち上げは画期的出来事です。NISARはLバンドとSバンド両方のレーダーで観測し、豊富な変動データを提供します。長波長のLバンド(NISARや新規ESA BIOMASSミッションのPバンド)は、植生の多い地域の監視能力が高くなり、デコヒーレンス問題が軽減されます earthdata.nasa.gov。また、Cバンド観測を維持する「Sentinel-1C/D」などの継続ミッションも登場します。複数衛星による複数周波数(X、C、L、S、Pバンドなど)の組み合わせでマルチバンドInSAR分析が可能となり、Cバンドで得た信号の検証にLバンドを使う…といった運用も進むでしょう。
- 高頻度リビジットとコンステレーション: より多くの衛星、より速い再訪周期への流れが進行中です。2020年代後半には、民間(Capella Space、ICEYE等)と官製両方の小型SAR衛星コンステレーションによって、地球表面のほとんどが毎日撮像される可能性があります。時間分解能の向上により、急変事象の捕捉率が上がり、ほぼリアルタイムの変動監視も実現します。たとえば、Capella Spaceは異なる軌道・視線からの撮像と極めて高頻度のリビジットを強調しています capellaspace.com capellaspace.com。頻繁なデータと自動処理の組み合わせで、地震や火山変動発生から1~2日でInSAR結果を提供し、対応に役立つ未来が予想されます。
- 運用型監視サービス: InSARは研究ツールから行政向けの運用サービスへと変わりつつあります。InSARベースの地殻変動マッピングサービスが国や地域単位で登場しつつあり、ノルウェーの「InSAR Norge」プロジェクトの例では、全国の地表変動マップが年次更新されています esa.int esa.int。ヨーロッパ全域の一貫したPS-InSARデータを提供する「欧州地表変動サービス(EGMS)」も始動しています。イタリアのように国単位のポータルを持つ国も増えてきました。これらのサービスは専門外ユーザーにも使いやすい地形安定マップとして普及しつつあり、それが手法の標準化・信頼性向上・用途特化などを後押しするでしょう(変動原因の判別が簡単になるなど)。
- 解析技術とアルゴリズムの進化: データ解析面でもInSARの精度向上へ向けたイノベーションが進んでいます。大気補正の例では、気象モデルやGNSS由来の水蒸気分布、SARデータ自体(スプリットスペクトラムなど)を用いて大気雑音を低減する方法があります earthdata.nasa.gov earthdata.nasa.gov。他には機械学習・AIの活用:2πアンビギュイティの頑健な解消(位相アンラッピング)、変動パターンの自動認識(数百タイムシリーズから変動中火山を自動検出)や、マルチデータ融合などが挙げられます。研究者は大規模InSARデータセットに対して教師なし異常検知を適用し、バックグラウンド雑音中から注目すべき信号(火山不安定やインフラ損傷など)を抽出し始めています agupubs.onlinelibrary.wiley.com。さらに、PSとSBAS双方の利点を活用する分散スキャッタラーInSAR(DS-InSAR)の登場で、部分的デコヒーレンスのあるピクセルも時系列解析に活かせ、農村部などで測定密度が高まります。三次元InSAR(SARトモグラフィーとも)という最先端では、わずかに視角が異なる複数パスや協調衛星(TanDEM-X等)を利用し、1ピクセル内の高さ別スキャッタラーを分離(都市部で地盤/建物の動きを区別)できるようになっています。計算コストは大きいですが、計算能力の向上で実用化が進むでしょう。
- 他センサーとの統合: 今後はInSARと他の地理・地球物理センサーの連携が一層進むと予想されます。例えば、InSARとGNSSを自動ワークフローで組み合わせ、GNSSで波長の長い誤差を補正、InSARで空間分布を細密化、という運用が考えられます papers.ssrn.com。また、光学の統合例もあり、InSARで変動が検知された箇所を光学衛星画像で確認(土砂崩れ痕の特定など)することができます。ハザード監視では、地震計、傾斜計、レーザスキャナ(lidar)などと合わせて、火山観測所用の統合ダッシュボードを構成する一部になる可能性もあります。すなわち、より包括的な地殻変動監視を目指し、InSARが情報レイヤーの一つとなる未来です。
- 極化InSARと新たな用途: 極化InSAR(Pol-InSAR)はレーダー極化とインターフェロメトリを組み合わせて、散乱機構の特定や地上/植生の運動分離などに役立つ新手法です earthdata.nasa.gov earthdata.nasa.gov。やや専門的ですが、植生地帯の運動監視を向上できる余地があります。またInSARを新領域で活用する研究も進行中で、例えば精密農業(微小な地面膨張・収縮による土壌水分変化のモニタリング)、永久凍土研究(凍結・融解による季節的隆起のマッピング)、インフラ健全性監視の拡大(大橋やダムを定期的に高分解能SARで監視しインフラ健康指数を作る)なども視野に入っています。氷河・氷床の流動やグラウンディングライン移動検出(特に長波長の積雪下貫通観測)でもInSARは光学手法を補完し活用が拡大しています。
- コンピューティングとデータ管理: SARデータの爆発的増加(新規衛星多数)のため、ビッグデータ時代のチャレンジと新たな機会が訪れています。Google Earth Engine等クラウドプラットフォームも解析対応SARデータをホストし、ユーザーは生データ数テラバイトをダウンロードせずにInSARアルゴリズムを実行できる時代です。自動InSAR処理パイプライン(オープンソース・商用とも)はデータフローのリアルタイム分析も日常化し、運用型サービスの基盤となっています。この動きは続き、InSAR結果に誰でもアクセスしやすくなるでしょう(ウェブポータルで自分の町の最新地殻変動マップを随時閲覧、など)。
今後を展望すると、InSARの未来は明るいです。ある業界団体は、「アルゴリズムの進化、AI統合、衛星カバレッジ拡大で、InSAR技術は急速な進歩局面に入っており、環境研究、精密農業、インフラ監視など新たな分野にも広がっていく」と述べました capellaspace.com。将来、InSAR監視が気象衛星のように当たり前となり、地球表面の「脈動」を常時把握して自然災害の予測・軽減や持続可能な社会インフラの管理に活用される時代も思い描けます。多くの目が空から大地を見守り、賢い解析ツールが地上にあることで、InSARは社会と科学のために地球の動きと変化の最前線を担い続けるでしょう。
参考文献(主要な情報源)
- 干渉合成開口レーダー(InSAR)の基礎 – アメリカ地質調査所 usgs.gov usgs.gov
- ウィキペディア:干渉合成開口レーダー – 一般的概要、持続的散乱体、及び応用 en.wikipedia.org en.wikipedia.org en.wikipedia.org
- NASA Earthdata (Z. Lu, 2006/2024): 干渉SAR:明日のツールを今日構築する – InSAR技術の詳細な解説と進展について earthdata.nasa.gov earthdata.nasa.gov
- トウェンテ大学 ITC: SBAS(Small Baseline Subset)InSAR技術の説明 ltb.itc.utwente.nl ltb.itc.utwente.nl
- MDPI Remote Sensing (2022): InSARとGNSSの統合による地盤沈下 – InSARとGNSSポイントの比較 mdpi.com
- Capella Space (2025): InSARは地球観測をどのように革新しているか – SARの利点(全天候・夜間)と将来の展望について capellaspace.com capellaspace.com
- ESA コペルニクス Sentinel-1: サンフランシスコ・ミレニアムタワーの沈下を衛星が確認 – 都市部の地盤沈下のケーススタディ esa.int esa.int
- Scientific Reports (2024): メキシコシティ地下鉄の地盤沈下調査 – メキシコシティでの極端な沈下速度(約500mm/年) nature.com
- Groundstation.Space (2022): InSARデータの解釈に関する誤解 – 分解能や平均化などの課題を論じる(groundstation.space)。
- ESA InSARap調査: サンフランシスコおよびオスロの変動 – 国レベルでのモニタリングの実現性を示す esa.int esa.int。